イーロン・マスクの考え方について考えてみた

 

イーロン・マスクはZip2(ネット版タウンページ)、X.com(決済)、Tesla(電気自動車)、SpaceX(宇宙ロケット)と多くの事業を立ち上げて全て成功させただけでなく、最近では、Hyperloop(高速交通インフラ)、The Boring Company(トンネル掘削)、そしてNeuralink(ブレインマシンインターフェース BMI)まで手掛けています。

どれも技術開発や競合環境の観点から難易度が高い事業であるにもかかわらず、イーロン・マスクは壮大なビジョンを描き、少しずつ確実に前進しながら実績を積み、いつのまにか業界を大きく変えてしまう事業を作り上げてしまっています。

なぜ、彼にはそれが次から次へとできるのでしょうか?2年前のブログ記事では、膨大な知識、ハードワーク、度胸、リーダーシップスタイルなどを要因に挙げてきました[1]。しかし、その多くはいわゆる実行における重要ポイントですが、そもそもどうやって常人では考え付かないようなビジョンを持ち、難易度の高い業界での勝ち筋を見極めることが考えられるのか?なにかイーロン・マスク特有の物事の捉え方や考え方があるのでは?

そんなことを思って、イーロン・マスクの考え方について考えてみました。

イーロン・マスクの第一原理思考

イーロン・マスクは2012年にインタビューで、考え方について次のように語っています[2]

“I think it’s important to reason from first principles rather than by analogy.”(類推ではなく第一原理に基づいて考えることが重要だ)

First Principles(第一原理)は、運動量保存の法則や特殊相対性理論(E=mc2)など、変わることのない科学の真理を意味します。これに対してAnalogy(類推)とは、経験則・集合知・常識といった人間社会が蓄えてきた知識であり、環境や条件次第では変わり得るものです。イーロン・マスクの言葉は、「人間社会が自然科学の上に作ったフィルターを取り除いて、原理原則に基づいてゼロベースで考えるべき」と言い換えることもできます。

そして、彼が手掛ける様々な事業について調べていると、第一原理に基づいて考えている場面がよく登場します。

SpaceX創業前の2001年に、イーロン・マスクはロシアから古いICBMを調達しようとし、3機を$21Mで購入する合意直前まで詰めていました。しかし、ロシア側が最終局面になって$21Mは1機あたりの価格と言いだしたため、交渉決裂しICBM購入を諦めざるを得ませんでした[3]。普通の人であれば「そもそもロケットは高いものだ」「古いICBMでさえこの値段なのだから無理だ」と思いロケット事業を諦めるはずなのですが、イーロン・マスクは第一原理に立ち戻り、ロケットを構成している全部品の原材料の原価を全て計算して、原材料費はロケット代金の2%に過ぎないことを発見しました。つまり、ロケットというハードウェアは究極的には分子からできており、その分子自体の購入価格は2%に過ぎないのだから、あとは効率良くその分子を組み立てれば安いロケットが作れるはずだ、ということです[4]

Teslaに対しても全く同じ発想をしています。電気自動車の最大コスト項目であるリチウムイオン電池は1kwhあたりの製造原価は$600が限界と言われており、それが業界の常識でした。しかし、イーロン・マスクに言わせると、リチウムイオン電池の原材料であるリチウム、コバルト、黒鉛、リチウム塩、アルミニウム箔などを足し合わせると$80/kwh程度で調達可能なので、製造工程を工夫すれば$80/kwhもしくはそれに近い水準まで下げられるはずだ、ということです[5]

このように常識や過去事例を前提とせず、原理原則に基づきゼロベースで考えてあるべき姿(ビジョン)を見出すのが、イーロン・マスクの基本的な考え方のようです。この考え方で実際に身の回りの課題を振り返ってみると、その多くは非効率な仕組みや歪んだ構造から生まれており、解決不可能なものは無いように思えます。

しかし、大半の人はこのような考え方をしません。なぜなら、類推を通じて既知の事実から未知の有様を推し量ることこそが、人類が進化の過程で得た効率的な思考法であり、生産性を向上させる手段だからです。また、深い知識が無いと何が原理原則か分かりませんし、いちいち原理原則から考えていたらキリが無いです。そしてなにより、そもそも考えたところでほとんどの場合は実行できません。ロケットの原材料費が2%と分かったところで、何をどうしていいか分からないでしょう。よって、類推に基づいた効率的な思考を当たり前としています。

第一原理思考は、それによって導き出されたビジョンを実行することで、はじめて意味を成しています。イーロン・マスクは哲学者でも研究者でもなく事業家であり、彼の仕事はただ考えることではなく実行することです。第一原理思考で見出したビジョンを実行するための勝ち筋を考え抜き、実行しながら検証し、それにより新たな原理原則を見つけていく。イーロン・マスクが異なる業界で壮大なビジョンを打ちたてて、次々と事業を立ち上げているのは、そんなフィードバックループが機能しているからと思います。

そしてビジョンの実行にあたっては、「システムレベルのデザイン思考」とも呼べるユニークな思考で勝ち筋を見極めているようにみえます。

システムレベルのデザイン思考

イーロン・マスクが掲げるビジョンはどれも壮大です。SpaceXでは、人類絶滅のリスクを低減させるために多惑星にコロニーを作ることを目指し、Teslaは化石燃料から持続可能エネルギーへの社会転換を目指しています。これらの実現は1つのプロダクトや企業によって解決できるレベルのものではなく、システム全体(≒エコシステム・業界・社会)を作り上げることが求められます。そして、そのためにはシステムレベルでのイノベーションを起こす必要があります。

これについてイーロン・マスクが語っている場面は見つけることができなかったのですが、実際の彼の足取りや成果をみるとデザイン思考をシステムレベルで適用していると思われます。

デザイン思考は、IDEO創業者のティム・ブラウンによると「必要性(顧客フィードバック)、実現性(テクノロジー)、採算性(ビジネス)を統合して判断するための思考法・アプローチ」であり[6]、具体的には問題の本質を捉え、自由な発想でアイディアを拡散させ、プロトタイプやヒアリングを通じて研ぎ澄ませ、事業性含めて設計して世に送り出す、というステップを取ります。デザイン思考はイノベーション向きとされ、新たなプロダクト・サービス開発によく使われています。

それをプロダクトではなく、システムレベルに当てはめると、次のようになります。

必要性: システム全体が課題解決を望む強さ。システムレベルの場合は、人々が課題に気づいていないことが多いため、必要性を啓蒙するところから始める必要がある。(例:惑星移住)

実現性:  課題解決のためのプロダクト開発における技術的難所や必要条件。システムレベルの場合は、単一のプロダクトの実現性ではなく、プロダクトが生まれる土壌を作るうえでの必要条件となっているインフラの実現性。(例:宇宙ビジネス発展のための宇宙へのアクセス手段)

採算性: 事業を持続するための安定した収益性の確保。システムレベルの場合は、単一のプロダクトの収益性ではなく、各プロダクトが収益を上げやすくするためのインフラの採算性。(例:宇宙ビジネスが儲かりやすくなる環境作り)

 

実際にイーロン・マスクが手掛けている事業を例にとってみます。

Space X:

隕石衝突や核戦争や資源枯渇などにより人類滅亡リスクを低減するため、火星に100万人単位のコロニーを作る必要がある(必要性)。それを満たすためには、火星でのエネルギー・食糧・物資生産を行う必要があるが、それらを研究開発する前提条件となる火星まで人間・物資を輸送する手段が必要条件(実現性)。そして、現状は宇宙への人間・物資の輸送コストが高すぎるので、ロケット打ち上げコストを1/10以下にすることで宇宙ビジネスの収益性を上げる(採算性)。よって、SpaceXを創業し、火星まで輸送可能な大型ロケットと、打ち上げコストを下げるための再利用可能ロケットを開発する。

Tesla:

人類存続のために持続可能エネルギー社会への転換が必須だが、そのためには石油の75%以上を消費している交通手段[7]をガソリン自動車から電気自動車に変える必要がある(必要性)。それを満たすために、電気自動車の最重要部品であるリチウムイオン電池の性能改善と電気インフラ構築が必要条件(実現性)。そして、現状のリチウムイオン電池は高すぎるので、技術開発や大量生産を通じて価格を下げることで、電気自動車ビジネスの収益性を上げる(採算性)。よって、Teslaを創業し、魅力的な電気自動車を生産し、Gigafactoryにおける大量生産でリチウムイオン電池のコストを下げ、Super ChargerネットワークやSolar Cityの家庭用発電・蓄電・給電を通じて電気インフラを構築する。

The Boring Company:

都市集中と将来の自動運転車普及により悪化する都市渋滞を緩和するために、(空飛ぶ車ではなく)都市の地下に交通インフラを建設する必要がある(必要性)。それを満たすためには、トンネルの複層化・小型化・建設スピード改善や既存インフラとの互換性が必要条件(実現性)。そして、現状の掘削コストは高すぎるので(1マイル$1Billion)、それを1/10以下にすることで地下交通インフラの収益性を上げる(採算性)。よって、The Boring Companyを創業し、小型トンネルを高速に安価に掘削できる技術を開発する[8]

Neuralink:

人工知能の発展により人類が無用になるリスクを低減するために、頭脳をコンピューター接続(BMI)して人間を拡張させることが必要である(必要性)。それを満たすためには、今後あらゆる技術開発と臨床試験をするために、膨大な数のニューロンへの接続(最低100万個)、高解像度の電気信号をワイヤレスで送受信する方法、脳外科手術を伴わない移植方法の確立が必要条件(実現性)。そして、脳のコンピューター接続を安価に実現できる状況を作り、BMIビジネスの収益性を上げる(採算性)。よって、Neuralinkを創業し、基礎技術の研究開発を進め、先行的に実用化できる領域には具体的ソリューションを提供する。(2021年にはパーキンソン病患者向けの提供を目指しています[9])。

このようにイーロン・マスクが立ち上げた事業は、一見全くバラバラのようですが、その根底にある考え方や進め方には共通項が多いことが分かります。壮大なビジョンの達成に向けた勝ち筋を見極めるために、必要性、実現性・採算性を統合的に捉えた「システムレベルのデザイン思考」により、それぞれの業界進化の方向性に働きかけているようにみえます。そして、業界進化のボトルネックを解決するために事業を興し、プロダクトを世に送り出しています。このように考えると、SpaceX、Teslaといった事業ですら、業界進化に向けた駒の一つでしかなく、本当の目的はもっと大きいところにあるのだと感じます。

余談になりますが、孫正義氏が掲げるSoftbank Vision Fund(10兆円ファンド)にも近しいものを感じます[10]。情報革命を加速させ続けるためのシステムが必要だ。そのためには多数の優秀な事業家が密接に連携しながら情報革命の実現に向けて邁進する仕組みを作らなければならない。但し1つの企業が肥大化するとスピードが落ち起業家精神も発揮されないので、各企業が独立運営されながらもファンドという傘の下で同士的結合するインセンティブを作りたい、ということかもしれません。そう考えると、Softbank Vision Fundは、新たな共同体運営のシステム作りのための一つの駒なのかもしません。

***

イーロン・マスクの考え方を自分なりに分析してみて、第一原理思考やシステムレベルのデザイン思考といった、常人とは異なる物事の捉え方や考え方がありそうなことが分かりました。前者はトコトン掘り下げる考え方で、後者は複数要素の関係や影響を踏まえた全体感を掴む考え方です。この両方を上手く使い分けている印象があります。

他方、イーロン・マスクとてその素晴らしい考え方によって常に正しい道を選んできたわけではなく、実際に過去には(現在も?)間違った判断を繰り返しており、歩んできた道は苦労の連続です(過去記事参照)おそらく同じように素晴らしい思考をしながら、全く無名の人も多くいるでしょう。

しかし、いろいろ調べていて感じたのは、イーロン・マスクという人は難しいことを深く広く考え続けており、その考えの物量が圧倒的に多いことです。超ハードワークなのは知っていましたが、それは労働時間が長いというだけでなく、考えるという脳疲労が大きいことをやり続けていることに凄さがあると思いました。(この点、自分は考えているようで、実は考えられていないと反省する良い機会にもなりました。)

なので、イーロン・マスクの輝かしい実績を可能にする考え方に、世の中に溢れるハウツー本や自己啓発本のような正解を求めるのではなく、あくまでインスピレーションを感じながらも自分にとっての正解を追い求め続けることが大切なのだろう、と思います。究極的には考え方といったテクニック論ではなく、考え続けるというマインドや行動特性のほうが重要なのかもしれません。

 

Sources:

[1] http://www.emreyuasa.com/2015/05/114/

[2] https://www.youtube.com/watch?v=L-s_3b5fRd8

[3] http://www.esquire.com/news-politics/a16681/elon-musk-interview-1212/

[4] https://www.wired.com/2012/10/ff-elon-musk-qa/all/

[5] http://www.businessinsider.com/elon-musk-first-principles-2015-1

[6] https://www.ideou.com/pages/design-thinking

[7] https://flowcharts.llnl.gov/commodities/energy

[8] https://www.ted.com/talks/elon_musk_the_future_we_re_building_and_boring/transcript

[9] http://waitbutwhy.com/2017/04/neuralink.html

[10] http://www.nikkei.com/article/DGXMZO13769140X00C17A3000000/

医療保険を変革するOscarの躍進

サービスローンチ後2年程度のスタートアップ「Oscar」がバリュエーション $2.7bnで$400Mの大型調達を実行しました。日本では未だ馴染みのない企業かもしれませんが、医療保険の分野で非常に面白い挑戦をしているのでご紹介したいと思います。

Oscarとは?

Oscar(https://www.hioscar.com/)は医療保険を提供するスタートアップです。

ただ、従来の医療保険とは異なり、ただ保険を提供するだけでなく、契約者の健康維持に積極関与することで、全体の医療費(と医療保険料)を下げることを目指しています。

例えば、Oscarの契約者であれば、医師との24時間電話診察、往診、ジェネリック医薬品の処方、一般的なワクチンや検査などがすべて無料になります。また、契約者にフィットネスモニター(Misfit Flash)を無料配布し、フィットネス状況に応じて報奨金を提供しています(最大$20/月)。病気予防や早期診断・治療によって深刻な病気や手術を減らそうという施策です。

ユーザーエクスペリエンス(UX)も優れており、医療保険に申し込むための全ての手続きがスマホで完結でき、過去の往診履歴や処方歴も一括管理することもできます。症状を入力するだけで近隣の専門医を紹介してくれるサービスもあり、「健康のことで不安になったらとりあえずOscarを開いてみる」という立ち位置を作り出しています。

https://www.hioscar.com/

Oscarの躍進

そんなOscarは、2014年のサービスローンチ以来(創業は2012年)躍進を続けています。

NY州から始まり 、NJ州、CA州、TX州と徐々に広げており、契約者数も約16,000人(2014年)→40,000人(2015年)→145,000人(2016年)と急成長しています。平均保険料は$5000/年だそうで、2016年の保険料収入は約$750Mと推計されます。

Oscarの急成長は、従来のアメリカの医療保険に対する不満の表れともいえます。国民皆保険が存在しないアメリカでは医療保険は大きな問題で、医療保険が高すぎて加入できない人が4800万人いたり(2012年)、個人破産の6割のケースが医療費によるものと言われたりしています。加えて、保険料、免責額、自己負担額、自己負担最高額が絡み合った難解なプランや、医療費の支払い申請が異常に複雑だったりして、「医療保険は分かりにくくて高額」という問題がありました。それを分かりやすく、簡単に、お手頃価格で提供するのがOscarです。

また、制度変更の機も狙ったのが成功要因でもあります。2010年にオバマ大統領がAffordable Care Act(通称オバマケア)を成立させ、2014年から特定の条件を満たす場合は個人医療保険に補助金を提供開始したことで、今まで医療保険に加入していなかった層(ブルーオーシャン)を一気に取込むことができました

今後、Oscarは毎年3-4州ずつ拡大し続ける予定で、5年以内に契約者100万人を目指すとしています。

創業者は金融・医療業界のイーロン・マスク?!

Oscarの創業者は3人いますが、特にJoshua Kushnerはすでにカリスマ的存在になっています。

Joshuaの父は不動産王(推定資産$500M)であり、Joshuaが幼い時から工事現場や交渉現場に連れて行き、ビジネスマインドを徹底的に叩き込んだと言われています。帝王学のおかげか、Joshuaはハーバード大学在学中(2007年)にブラジルでソーシャルネットワーキングサイトVostuを起業、ピボットを経た後に同社はをブラジル最大のソーシャルゲーム会社(4000万人利用)に育て上げました。

2009年にはThrive Capital(ベンチャーキャピタル)を創業し、2012年にSequoia、Greylock、 BenchmarkといったトップティアVCと競りながらInstagramのSeries Bラウンド(時価総額 $500M)にゴリ押しで入り込み、その3日後にはFacebookに$1bnで売却するという奇跡のプレーを繰り広げます。

そして、Thrive Capitalのマネージングパートナーに就きながら、2012年にOscarを創業しました。ちなみに、2014年にはCadreという商業不動産売買プラットフォームのスタートアップも共同創業し、こちらも今年1月に$50M調達しています。

裕福な家庭で育ったお坊っちゃんかと思いきや、ハードワークと謙虚な性格を持ち合わせているらしく、オフィスで寝泊まりをすることも多いのだとか。また、Instagramに出資した金額を3日で倍にした直後も、”Heads Down”, “Stay Focused”, “Ignore the Noise”と自分のデスクに貼って、舞い上がることなく仕事に取り掛かったようです。

ちなみに、ここまで経験豊富なJoshuaは1985年生まれの30歳です。

Source: NYTimes

Oscarの今後

そんなスーパースターが経営するOscarは、Peter Thiel、Khosla Ventures、Google Capital、 General Catalyst Partners、 Founders Fund、Fidelityなどの有名VC/エンジェルに支えられ、累計$700M以上を調達しながら爆進中です。

一方、規模の経済が活かせず、病院に対する交渉力が無いため、コスト面で不利だったり、初期ユーザーの期待値の乖離からの悪評判も多々あり、必ずしも順風満帆とはいえない状況です。

特に、コスト面の不利さは短期にはどうにもできない部分もあり、現在は提携病院を絞ってコストを下げてなんとか競争力を保とうとしています。また、無料の付随サービス(24時間電話診察、ジェネリック医薬品、検査)や優れた情報管理システムを提供することで、価格以外の優位性を築こうとしています。今回の$400Mの調達資金でどこまで効率的に規模拡大できるか注目です。

将来的には、テクノロジー企業としてデータを活用した個人の健康管理(ならびに医療費・保険料の削減)に踏み込んでくれることを期待しています。

日本は国民皆保険制度があるので、同様のビジネスモデルは成り立たないでしょうが、保険という従来のプロダクトカテゴリを超えて、顧客目線でのトータルソリューションの設計、テクノロジーを駆使したユーザーエクスペリエンスの向上は、日本の金融・医療業界を変革する上でも参考になる部分は多いかと思います。

イーロンマスクの功績と素顔

イーロンマスクの功績と素顔に迫る書籍 「Elon Musk: Tesla, Space X, and the quest for the fantastic future」 のあまりの面白さに一気に読んでしまいました。イーロンマスク関連本は数多く出ていますが、こちらは本人協力を得た初の書籍であること、Bloomberg Businessweekの著名ライターであるAshlee Vanceが約3年間の取材を経て執筆したものであることから、発売前からかなり話題になっていました(日本語版は未発売)。

内容はビジネス本というよりかは伝記に近く、イーロンマスクの半生が詳細に記されています。Zip 2、X.com(PayPal)、Tesla、Space X、Solar Cityと数々のスタートアップを生み育ててきた軌跡は、決してメディアで報じられるような「1人の天才による偉業」で片づけられるようなものではなく、超人的なハードワークとビジョンとリーダーシップに支えられて、立ちはだかる数々の壁を1つ1つ越えながら作られたものでした。

イーロンマスクの軌跡

まるで映画のような彼の半生について簡単に纏めてみます。

  • 1971年に南アフリカで生まれたイーロンは、悪質なイジメ、劣悪な家庭環境、アパルトヘイトの閉鎖的社会の中で育った。高校卒業後、カナダ国籍の取得と同時に単身でカナダに移住し、自由と希望を求めてシリコンバレーを目指した。
  • 1995年、弟とともにZip 2を創業し、最初の3カ月はオフィスに寝泊まりをしながら一日中コードを書いていた。ドブ板営業で1社1社歩いて回って顧客開拓していき、強烈な意思と奴隷労働のようなハードワークで事業を拡大させ、1999年には$307MでCompaqに売却、イーロンは$22Mを手にした。
  • Zip2売却直後にX.comを立ち上げ、税引後のほぼ全財産である$12Mを投下。しかし、経営方針の違いから、創業5ヶ月で共同創業者がほとんどの従業員を引き連れて辞任。残った数人のメンバーで再建を果たし、ピーターティール率いるConfinityと激しい競争を繰り広げた。エンジニアは1日20時間働き、イーロンは23時間働き続ける日々を経て、2002年には競合であったConfinityと合併してPayPalに社名変更。
  • イーロンがPayPal CEOに就くも、合併後2カ月でピーターティールが辞任。イーロンに対する社内外の反発は大きく、イーロンがハネムーンに飛び立った瞬間にクーデターが勃発し、急いで帰国した時には既にピーターティールがCEOに就任していた。その後、PayPalは成長を続け、2002年にeBayに$1.5Bnで売却。筆頭株主であったイーロンは$250M(税引後 $180M)を得た。
  • Source: http://www.amazon.co.jp/dp/B00KVI76ZS
    Source: http://www.amazon.co.jp/dp/B00KVI76ZS

    2001年頃から、宇宙事業の勉強会を主催していたイーロンは、PayPal売却とともに$100Mを投じてSpace Xを創業。当初はロシア製のロケットで打ち上げる予定だったが交渉決裂し、自社で製造することを決意。ゼロからのロケット製造は想像以上に難航し、3回の打ち上げに失敗。残り1回分の資金しか残っていなかった。

  • 2003年、Tesla Motorsにエンジェル投資家として$6.5M出資。それ以降のラウンドでも、リード投資家として$9M、$12Mと大きく出資。しかし、ずさんなコスト管理のまま開発してきたため、$85,000で販売予定だったRoadsterの製造原価は$200,000まで膨れ上がっており、危機的状況に陥っていた。立て直すべく2008年には自らCEOに就任。
  • 2000年に結婚し、2002年には男の子が生まれるも生後10週間で突然死(PayPal売却と同じ週だった)。後に5人の男の子に恵まれるも、2008年には離婚。前妻はテレビで号泣したり、個人ブログに心境を綴ったりして、離婚裁判はメディアのネタにされ、イーロンは全米から叩かれた。
  • 2008年は、リーマンショック、Space Xの打ち上げ3連続失敗、Tesla Motorsの危機的状況、離婚裁判、の全てが襲いかかってきていた。夜中に無意識のうちに叫び出すほど追いつめられていたが、日中は両社を救うべく前向きに陣頭指揮を取り続けた。
  • 2008年、Tesla Motorsはコスト削減を最重要課題に掲げ、鬼のようなコスト削減活動を実施。朝7時からミーティングをして、日々コスト削減状況を報告させた。パフォーマンスが低い人は容赦なく解雇。それでも破産寸前まで追い込まれ、個人の残りの全財産をTesla Motorsに出資することを決意。そのコミットメントを見た投資家からの資金と合わせて$40Mを調達。入金があったのは資金が尽きる前日。2008年のクリスマスイブだった。
  • 同じく2008年、Space Xの4回目の打ち上げ実験が成功。しかし資金難は続き、破綻寸前。ギリギリのタイミングで、NASAから$1.6bnのプロジェクトを受注。12/23だった。
  • Tesla Motorsは2010年に上場。2012年にModel Sを発表し大量の予約が殺到するも、いざ販売がスタートとするとキャンセルする顧客が続出。工場稼働率は低下し続け、2013年には完全ストップ。イーロンは、全従業員に予約顧客への営業を指示し、同時にGoogleへの売却交渉を開始。キャッシュ残が数週間分というところまで追い込まれたが、全員営業が功を奏して業績回復、Googleへの売却は白紙に。
  • Space X、Teslaの経営の傍ら、SolarCity会長として世界最大の自然電力会社に導く。今日では、SolarCityが発電した電力を、Teslaのバッテリーで蓄電し、それをTeslaの車に充電するというサイクルを確立。TeslaとSpace X間での原材料仕入れや製造工程におけるシナジー効果も大きく、イーロンが関わる3社間でのエコシステムを作り上げている
  • Tesla Motorsは$5Bnを投じて世界最大のバッテリー工場Gigafactory 1を建設開始。2017年稼働開始を予定しており、2020年のフル稼働時は、2013年の全世界のリチウムイオン電池の生産量を上回る生産量を目指す。(なお、Gigafactory 2建設の噂も出ており、最有力候補地として日本が挙げられている)。
  • Space Xは、部品の80-90%を自社製造することで圧倒的な低価格を実現。実績が積み上がるにつれて、次々と大型案件を受注。2012年にはISSへのドッキング成功。(2015/5/27には米軍衛生案件への入札承認を取得)。
Source: Space X
Source: Space X

イーロンマスクはなぜ成功できたのか?

これだけ成し遂げてまだ43歳というのが信じられないぐらいですが、近年の輝かしいニュースとは裏腹に、ここまでの道のりは非常に過酷なものだったことが分かります。難しくて誰も挑戦しないような領域に敢えてオールインで飛び込み、危機のたびにハードワークで乗り越えてきた姿は、ビジネス版のスーパーヒーローと言えるかもしれません。

彼の成功には、(プロダクトでなく)システムレベルのデザイン思考、ビジネスセンスとデザインセンス、多領域における膨大な知識、超人的なハードワーク、度胸、など様々な要因があるのは間違いないですが、最もインパクトが大きいのは「超優秀な人材を惹きつけ、120%の力で働いてもらうリーダーシップスタイル」だと思います。多領域でここまで勝ち続けられるのは、継続的に人を焚きつけ力を引き出す仕組みを持っていたからでしょう。

その仕組みの1つの要素は、人類という種の生存まで立ち返るような壮大なミッションです。イーロンは、人類の生存に欠かせないエネルギーを化石燃料という有限かつ有害なモノに依存していることがリスクである、と唱えています。そのために、Tesla MotorsとSolarCityは自然エネルギー社会の確立を目指しています。また、外部的要因で地球が生存に適さなくなるリスクもあることから、人類は複数惑星での居住しリスクを分散させる必要があり、その実現に向けてSpace Xは宇宙空間における低価格・高頻度の輸送体制の確立を目指しています。

「種の生存」という壮大なミッションの前には、140文字で投稿できるサービスや写真を共有し合うサービスはどうしても霞んでしまうのが人間心理です。優秀な人であればあるほど、大きなミッションに貢献したいという気持ちが強いでしょう。人材獲得競争が激化するシリコンバレーで、Space XやTeslaが、Google、Apple、Facebookなどから次々と優秀エンジニアを引き抜けるのは、そんなミッションに魅力を感じていることも大きな要因だと思います。

一方で、夢物語やハリボテに思われがちな壮大なミッションに現実味を持たせているのが、イーロン自身の異常なまでのハードワークとリスクテイクです。X.com時代は1日23時間働き、今でも2社の経営のため昼夜なく働き続けています。また、売却益で楽な生活をしようという発想は全く無いらしく、売却のたびにほぼ全財産を次のスタートアップにオールインしています。盲目的ともいえるほどにミッション実現に向けて突き進んでいく姿勢が、優秀な人材に伝播するのでしょう。

そして、イーロンはそのハードワークを容赦なく他人にも求めます。例えばSpaceXでは、外部調達では$120,000かかる部品を、$5,000ドルで内製化するよう指示を出しています。プロジェクトの期限も、全てがスムーズにいく前提でスケジュールを組み、その上で全員が超ハードに働く前提でさらに前倒しをして、最終的な期限を決めます。パフォーマンスが低い人は容赦なく解雇し、パフォーマンス高い人は次々と昇進させます。

面白いのは、ハードワークを求めるときに、「○○をやれ!」と命じるのではなく、「○○をやる必要がある。君ならできるか?」と聞くことです。オーナーシップ感覚を持たせることで、その人のやる気に火を付けるのでしょう。

本書を読むと、イーロンの強みが先天的なものではなく、自身の生い立ちや経営者として経験を積む過程で徐々に磨かれたものであることが分かります。幼少期に執拗なイジメに遭い、Zip 2では多くのコアメンバーに逃げられ、PayPalではクーデターを起こされたことからも、当初から人望が厚いわけでは決して無かったことが分かります。彼の歩んできた道筋は死屍累々で、今でも敵は多いでしょう。

それでも、スタートアップによる参入が不可能と思われていた自動車、ロケット、電力業界において全く新しいカタチの事業を立ち上げ、生き残るだけでなく、業界構造を変えてしまうほどの変革を起こしています。もしかしたら、イーロンマスクの最大の功績は、不可能を実現してしまったことで、人類の未知なる可能性を体現していることかもしれません。

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