AI First時代の意味

旧GoogleがAlphabetというホールディングカンパニーになり、スリムダウンされた現GoogleにSundar Pichai CEOが就任したのが2015年10月。それから間もなく、Sundar Pichai CEOのもと、Googleは従来のMobile First から「AI First」を成長戦略として掲げてきました (Source)

「AI First」が何を意味するのかいまいち分かりにくかったのですが、年末に読んだNew York Timesの「The Great A.I. Awakening」という記事を読んで少し理解が深まりました。

The Great A.I Awakening – The New York Times (2016/12/14)

素晴らしい記事なので是非目を通していただきたいですが、ざっくりした内容はGoogle Translate(Google 翻訳)をAI(ニューラル機械翻訳)で作り変えたら劇的に改善しました、というものです。Google Translateは、100以上の言語に対応し、月間5億ユーザーが利用し、毎日1400億単語が翻訳される巨大なプロダクトです。2006年から10年かけて改善を重ね続けてきましたが、このたびニューラル機械翻訳(GNMT)に作り変えたところ、翻訳精度がいきなり約55-85%も改善したようです。(Source)

試しに、新しくなったGoogle Translateを使ってNYT記事の冒頭の文を翻訳してみました。

NYT記事(Source)

“Late one Friday night in early November, Jun Rekimoto, a distinguished professor of human-computer interaction at the University of Tokyo, was online preparing for a lecture when he began to notice some peculiar posts rolling in on social media..”

Weblio翻訳 (Source)

“11月上旬にある金曜日の夜遅れて、6月に、彼が若干の独特なポストがソーシャルメディアで入っているのに気がつき始めたとき、レキモト(東京大学の人間のコンピュータ・インタラクションの優秀な教授)は講義に備えてオンラインにいました。”

Google Translate翻訳 (Source)

“11月初旬の金曜夜遅く、東京大学で人間とコンピュータのインタラクションを担当する著名な准教授のレキモト氏は、ソーシャルメディアに巻き込まれた独特な記事に気付き始めたときにオンラインで講義を準備していました。”

多少変なところは残っていますが、だいぶ分かりやすくなったのではないでしょうか。

 

たった9か月でニューラル機械翻訳へ

本記事で興味深かったのが、Google Translateほどの巨大なプロダクトでも、ニューラル機械翻訳に作り変えるのに、たった9か月しか要しなかったことです。

主体となったGoogle BrainとGoogle Translateのチームが意気投合したのが2016年2月。すぐに実験したところ結果良好だったため、3月中旬にはGoogle Translateをニューラル機械翻訳化を決断。4月には約30名の混成チームを組成し、9月には英語⇔中国語を先行して一部ユーザーにリリース。そして、2016年11月には日本語を含む11言語をニューラル機械翻訳で一般公開し、2017年末までには100以上の言語に適用(予定)。圧倒的なスピード感です。

もちろん、Google Brain内において今までの研究の蓄積があってこそのスピード感でしょう。Google Brainは、2011年に伝説的エンジニアのJeff Deanと当時スタンフォード教授だったAndrew Ngが出会って生まれたプロジェクトで、2012年にAndrew NgがBaiduに引き抜かれてからは、トロント大学のGeoffrey Hinton教授のもとでチーム拡張してきました。有名なGoogle Catを発表したのもこのチームです。2014年にDeep Mindを買収してからは、(組織としては独立していますが)人材交流やナレッジ共有しながら研究開発をしているようです。(Source)

また、Googleが有するTensorFlow(機械学習ライブラリ)とTPU(TensorFlow専用チップ)を活用できたこともスピード開発に貢献したと思います。TensorFlowは2015年9月にオープンソース化され、Googleが独自に開発したTPUも2016年5月には存在が明らかにされました。特にTPUによって、処理能力を劇的に改善できたとされ、Jeff DeanによるとTPU無しでは実現できなかったとされています。(Source)

(Credit: Google)

全エンジニアを機械学習ニンジャへ

Google Translateの成功もあって、Googleは多くのプロダクトを機械学習ベースにすると宣言しています。一方、Googleですら、機械学習を理解し実装できるエンジニア数には限りがあるため、外部からの採用(初任給が1億円を超えることも。。。)、と社内研修を強化しています(Source)

特に社内研修は興味深く、2015年から「Machine Learning Ninja」と呼ばれる6か月間の研修プログラムを提供しています(Source)。こちらは、希望するエンジニアに対して (おそらく厳しい選考があるのでしょうが)、座学とメンタリングとプロジェクトを通じて機械学習を実装できるように教育するものです。Jeff Deanは、25,000人いるとされるGoogleエンジニアの全員を、いずれは機械学習実装できるようにしたいと言っています(Source)

 

AI First時代において

Sundar Pichai CEOは「AI First」を戦略に掲げ、AI(機械学習)に必要なデータ、アルゴリズム、処理能力、人材の全てに投資しています(Source)。「AI First」戦略のもと、Google Translateでの成功をGoogle Searchを含む他プロダクトへも展開していくでしょうし、TensorFlow、Google Cloud Platformにみられるように機械学習インフラの外部提供も加速していくでしょう。

この流れはGoogleに限ったことではなく、Amazon (AWS)、Microsoft (Azure)、 IBM (Watson), Baidu (Baidu Cloud) がこぞって機械学習インフラの外部提供を始めています(Source) その結果、スタートアップ・大企業に限らず、多くの業界の業務が機械学習ベースで組み換えられ、省力化 ・自動化・最適化されるようになるでしょう。

このような時代のおいては、アルゴリズムや処理能力はクラウドから提供されますので、データと人材を有しているかが差別化ポイントになると思います。

データに関しては、独自データを持っていればベストですし、公開データを加工するノウハウも優位性になると思います。例えば、ビッグデータを機械学習させて企業・個人の与信審査を行うフィンテックサービスが世界各地で生まれていますが、これはクラウド会計ベンチャーのように独自にアクセスできるデータを持てれば強いと思いますし、独自データが無くても取引先情報、会社所在地、Amazon評価、SNS情報、経営者経歴、 メディア掲載情報等、どんなデータを組み合わせて加工すれば正しい与信ができるのかのノウハウも優位性になると思います。

また、人材に関しては、機械学習を実装できる人材の確保が重要になると思います。(私の理解では)機械学習で求められる統計や数学のレベルは、天才でなくても勉強で習得できる範囲にあります。外部から採用しようにも、アメリカでも日本でもまだ専門人材が不足している状態であるため、社内育成するか、育成機関を立ち上げる必要がありそうです。

一方、機械学習は今までのオペレーションを改善することには役立ちますが、何か全く新しいものを生み出すものではないと理解しています。ビッグデータへのアクセス、さらには機械学習による業務改善効果を考えると、ある程度の規模のオペレーションを持っていないと全く意味がありません。だからこそ、大企業(オペレーション)とスタートアップ(機械学習)の提携は今後増えると思いますし、テクノロジー企業の非ネット業界への浸透も進むと考えています。

AI First時代において、機械学習の影響から逃れられる業界はもはや無く、それを活用できるか否かが企業の命運を分けることになるでしょうし、アメリカ西海岸から起きたその波は既に日本にも到達し始めています。

繰り返しになりますが、本当に良い記事なのでご興味ある方は是非読んでみて下さい。(それこそGoogle Translate使ってでも!w)

The Great A.I Awakening – The New York Times (2016/12/14)

(Credit: New York Times Magazine)

海外の保険テック(InsurTech)5選!

保険大国と言われている日本ですが、InsurTech(Insurance Tech、保険テック)のスタートアップはまだまだこれから、といった状況です。一方、海外では昨年あたりからInsurTechが立ち上がってきているようで、資金面では2015年には $2.65billionがInsurTechに投資されており、InsurTechに特化したアクセラレーター「Global Insurance Accelerator」もスタートしています。

今回は、中でも個人的に興味深いと思う海外のInsurTechをいくつかピックアップしました。

 

Lemonade (P2P保険)

lemonade

創業:2015年
総調達額:$13M(Sequoia Capital 他)
直近バリューエーション:非公開

一流ファンドであるSequoia Capitalが珍しくシードから投資したことで話題になったLemonadeは、その事業内容がまだ非公開なことでも有名です。しかし、様々なニュースから類推するに、P2P自動車保険を手掛けてくると思われます。

P2P自動車保険は、ヨーロッパではFriendsurance(ドイツ)やGuevara(イギリス)が既に取り組んでいます。モデルとしては、グループメンバーが保険料を出し合ってプールを作り、その中から保険金支払いをし、保険会社の管理手数料として一定額を差し引いた上で、年度末に余った分はメンバーに還元される、というものなります。プールから支払われる保険金が少なければ、メンバーに還元される保険料も多くなるので、安全運転を心がけたり、不要な請求は控えよう、というインセンティブが働きます

もちろん、モラルハラードが懸念されますが、そこはグループメンバーを限定することで回避します。例えば、職場や学校や地域活動など、リアル社会での強い繋がりがあるメンバーでグループを作ることができます。

非常に面白いモデルではありつつも、本当にモラルハザードが避けれるのか、ニッチなグループを集めてどこまでスケールするか、保険会社として十分な手数料が上げらえるのか、これから検証が進むと思われます。

 

Trov (オンデマンド保険、マイクロ保険)

trov

創業:2012年
総調達額:$46M
直近バリュエーション:未公開

Trovはスマホベースのマイクロ保険を提供しています。保険をかけたいモノの品番をあらかじめ登録し、スマホアプリ上で操作するだけで分単位の保険をかけることができます。現在はデジタル端末や家電や楽器やスポーツ用品を対象としているようですが、今後はさらにカテゴリを拡大させていくようです。

Trovは正確には保険会社ではなく代理店として機能しています。保険会社と提携し、保険販売、保険料収納、保険金支払いを担っています。保険会社としては、今までリーチできなかった若年層、保険がかけられることのなかった物品を取込むことができるので、新たなチャネルとして歓迎しているようです。

個人的にはマイクロ保険をいちいち掛けることが面倒な気もするのですが、今後IoTが普及しデバイスの状態が自動的に把握できるようになると、高価なカメラを持って外出している時間帯だけ自動的に保険に入る、スノボを物置から取り出して雪山に行ったときだけ自動的に保険をかける、といった使われ方も想定されます。

また、マイクロ旅行保険を提供するSureもあります。

 

Bought By Many (保険販売)

boughtbymahy

創業:2011年
総調達額:非公開
直近バリュエーション:非公開

保険の販売方法をひっくり返したようなサービス。通常であれば保険会社が作った保険商品をユーザーが選びますが、Bought by Manyではユーザーが自身の欲する保険商品を提案し、それに十分な賛同者が集まるとBought by Manyが保険会社に交渉します。

例えば、パグ犬は他の犬と比べても風邪を引きやすく、また高価であることから盗難(誘拐?)に遭う可能性が高いらしく、通常のペット保険ではカバーされない、もしくは相当な割増保険料を求められるようです。そこで、パグ犬向けの保険商品を求めるユーザーがBought by Manyで集まり、団体として保険会社と交渉することで割安な「パグ犬保険」が提供されるようになったとのこと。

ニッチなカテゴリの多いペット保険に加えて、病気や趣味嗜好を持つ人たちの医療保険としても活用されているそうです。糖尿病患者向けの旅行保険とか子供向けラグビーのスポーツ保険とか。ニッチ領域をグループ化することで、一定の需要プールを作り出し、団体交渉することで保険会社と被保険者でwin-winの関係を築いています。平均して20%の保険料低減に繋がっているようです。

ニッチを集めてどこまでスケールするか疑問が残りますが、保険販売のアプローチを画期的に変革している意味で注目しているサービスです。

 

Oscar (医療保険)

oscar

 

創業:2013年
総調達額:$730M
直近バリュエーション :$2.7bn(2016年2月)

詳しくはこちらのブログ記事をご確認ください。http://www.emreyuasa.com/2016/03/151/

医療保険を提供するスタートアップで、サービスローンチから2年程度で契約者20万人、年間保険料収入 $750M(推計)と急激に伸びています。保険契約者に対して様々な無料サービス(24時間電話診察、ワクチン、オンライン処方、専門医紹介)を提供しており、従来の金融商品の概念を大きく変えています。現在はアメリカの4州のみでの提供ですが、今後各州に拡大する中で5年以内には契約者100万人を目指すと謳っています。

急成長とは言いつつ、業界大手の100分の1以下の規模です。病院との交渉など規模の経済が効く医療保険業界にどのような風穴を開けるのか非常に楽しみにしています。

 

Zenefits(保険販売

zenefits

創業:2013年
総調達額:$580M
直近バリュエーション:$4.5 bn (2015年5月)

表向きは中小企業向けのSaaS型人事ソフトを提供しています。

福利厚生、採用、給料計算、休暇申請などの基本的な機能は無償で提供し、一部の有料機能と外部サービス(保険や給与計算サービス)への手数料でマネタイズしています。特に保険販売手数料は売上の大半を占めているようで、Affordable Care Actの追い風もあり、ビジネスは急拡大。2015年の売上は$100M近くまで伸びていたと聞きます。

組織内紛による共同創業者の離脱や、戦略見直しによる営業チームの一斉解雇などいろいろとニュースに絶えないスタートアップではありますが、最も注目されている”保険”テックの1つです。

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他にも、保険契約内容を分析するRiskGenius、ブロックチェーンを使った保険詐欺対策のEverledger、モバイルベースの保険管理・申込アプリのKnip など様々なカテゴリのInsurTechがあります。

保険は規制業界ですし、巨額の資本金が必要ですので、保険会社はスタートアップにはハードルが高いのも事実です。また、業界の方とお話していると官公庁の目が厳しく、なかなか新しいことに取り組めないといった側面もあるようです。

一方で、既存の保険会社と組んで、新たなチャネルの掘り起こし、精緻なリスク審査など一部機能の切り出し・最適化であれば、スタートアップの参入機会は十分にあると考えています。例えば日本でもSmartDriveが、AXA損保と提携してテレマティクス(走行データ)に基づく自動車保険を提供していますが、これも一律で高保険料を強いられている若年層に対して精緻なリスク審査をすることで、新たな営業機会を作っていると思います(あくまで推測ですが…)。

世界のInsurTechを引き続きウォッチしつつ、日本での応用可能性や日本特有の機会がないか考えていきたいと思います。