イーロン・マスクの考え方について考えてみた

 

イーロン・マスクはZip2(ネット版タウンページ)、X.com(決済)、Tesla(電気自動車)、SpaceX(宇宙ロケット)と多くの事業を立ち上げて全て成功させただけでなく、最近では、Hyperloop(高速交通インフラ)、The Boring Company(トンネル掘削)、そしてNeuralink(ブレインマシンインターフェース BMI)まで手掛けています。

どれも技術開発や競合環境の観点から難易度が高い事業であるにもかかわらず、イーロン・マスクは壮大なビジョンを描き、少しずつ確実に前進しながら実績を積み、いつのまにか業界を大きく変えてしまう事業を作り上げてしまっています。

なぜ、彼にはそれが次から次へとできるのでしょうか?2年前のブログ記事では、膨大な知識、ハードワーク、度胸、リーダーシップスタイルなどを要因に挙げてきました[1]。しかし、その多くはいわゆる実行における重要ポイントですが、そもそもどうやって常人では考え付かないようなビジョンを持ち、難易度の高い業界での勝ち筋を見極めることが考えられるのか?なにかイーロン・マスク特有の物事の捉え方や考え方があるのでは?

そんなことを思って、イーロン・マスクの考え方について考えてみました。

イーロン・マスクの第一原理思考

イーロン・マスクは2012年にインタビューで、考え方について次のように語っています[2]

“I think it’s important to reason from first principles rather than by analogy.”(類推ではなく第一原理に基づいて考えることが重要だ)

First Principles(第一原理)は、運動量保存の法則や特殊相対性理論(E=mc2)など、変わることのない科学の真理を意味します。これに対してAnalogy(類推)とは、経験則・集合知・常識といった人間社会が蓄えてきた知識であり、環境や条件次第では変わり得るものです。イーロン・マスクの言葉は、「人間社会が自然科学の上に作ったフィルターを取り除いて、原理原則に基づいてゼロベースで考えるべき」と言い換えることもできます。

そして、彼が手掛ける様々な事業について調べていると、第一原理に基づいて考えている場面がよく登場します。

SpaceX創業前の2001年に、イーロン・マスクはロシアから古いICBMを調達しようとし、3機を$21Mで購入する合意直前まで詰めていました。しかし、ロシア側が最終局面になって$21Mは1機あたりの価格と言いだしたため、交渉決裂しICBM購入を諦めざるを得ませんでした[3]。普通の人であれば「そもそもロケットは高いものだ」「古いICBMでさえこの値段なのだから無理だ」と思いロケット事業を諦めるはずなのですが、イーロン・マスクは第一原理に立ち戻り、ロケットを構成している全部品の原材料の原価を全て計算して、原材料費はロケット代金の2%に過ぎないことを発見しました。つまり、ロケットというハードウェアは究極的には分子からできており、その分子自体の購入価格は2%に過ぎないのだから、あとは効率良くその分子を組み立てれば安いロケットが作れるはずだ、ということです[4]

Teslaに対しても全く同じ発想をしています。電気自動車の最大コスト項目であるリチウムイオン電池は1kwhあたりの製造原価は$600が限界と言われており、それが業界の常識でした。しかし、イーロン・マスクに言わせると、リチウムイオン電池の原材料であるリチウム、コバルト、黒鉛、リチウム塩、アルミニウム箔などを足し合わせると$80/kwh程度で調達可能なので、製造工程を工夫すれば$80/kwhもしくはそれに近い水準まで下げられるはずだ、ということです[5]

このように常識や過去事例を前提とせず、原理原則に基づきゼロベースで考えてあるべき姿(ビジョン)を見出すのが、イーロン・マスクの基本的な考え方のようです。この考え方で実際に身の回りの課題を振り返ってみると、その多くは非効率な仕組みや歪んだ構造から生まれており、解決不可能なものは無いように思えます。

しかし、大半の人はこのような考え方をしません。なぜなら、類推を通じて既知の事実から未知の有様を推し量ることこそが、人類が進化の過程で得た効率的な思考法であり、生産性を向上させる手段だからです。また、深い知識が無いと何が原理原則か分かりませんし、いちいち原理原則から考えていたらキリが無いです。そしてなにより、そもそも考えたところでほとんどの場合は実行できません。ロケットの原材料費が2%と分かったところで、何をどうしていいか分からないでしょう。よって、類推に基づいた効率的な思考を当たり前としています。

第一原理思考は、それによって導き出されたビジョンを実行することで、はじめて意味を成しています。イーロン・マスクは哲学者でも研究者でもなく事業家であり、彼の仕事はただ考えることではなく実行することです。第一原理思考で見出したビジョンを実行するための勝ち筋を考え抜き、実行しながら検証し、それにより新たな原理原則を見つけていく。イーロン・マスクが異なる業界で壮大なビジョンを打ちたてて、次々と事業を立ち上げているのは、そんなフィードバックループが機能しているからと思います。

そしてビジョンの実行にあたっては、「システムレベルのデザイン思考」とも呼べるユニークな思考で勝ち筋を見極めているようにみえます。

システムレベルのデザイン思考

イーロン・マスクが掲げるビジョンはどれも壮大です。SpaceXでは、人類絶滅のリスクを低減させるために多惑星にコロニーを作ることを目指し、Teslaは化石燃料から持続可能エネルギーへの社会転換を目指しています。これらの実現は1つのプロダクトや企業によって解決できるレベルのものではなく、システム全体(≒エコシステム・業界・社会)を作り上げることが求められます。そして、そのためにはシステムレベルでのイノベーションを起こす必要があります。

これについてイーロン・マスクが語っている場面は見つけることができなかったのですが、実際の彼の足取りや成果をみるとデザイン思考をシステムレベルで適用していると思われます。

デザイン思考は、IDEO創業者のティム・ブラウンによると「必要性(顧客フィードバック)、実現性(テクノロジー)、採算性(ビジネス)を統合して判断するための思考法・アプローチ」であり[6]、具体的には問題の本質を捉え、自由な発想でアイディアを拡散させ、プロトタイプやヒアリングを通じて研ぎ澄ませ、事業性含めて設計して世に送り出す、というステップを取ります。デザイン思考はイノベーション向きとされ、新たなプロダクト・サービス開発によく使われています。

それをプロダクトではなく、システムレベルに当てはめると、次のようになります。

必要性: システム全体が課題解決を望む強さ。システムレベルの場合は、人々が課題に気づいていないことが多いため、必要性を啓蒙するところから始める必要がある。(例:惑星移住)

実現性:  課題解決のためのプロダクト開発における技術的難所や必要条件。システムレベルの場合は、単一のプロダクトの実現性ではなく、プロダクトが生まれる土壌を作るうえでの必要条件となっているインフラの実現性。(例:宇宙ビジネス発展のための宇宙へのアクセス手段)

採算性: 事業を持続するための安定した収益性の確保。システムレベルの場合は、単一のプロダクトの収益性ではなく、各プロダクトが収益を上げやすくするためのインフラの採算性。(例:宇宙ビジネスが儲かりやすくなる環境作り)

 

実際にイーロン・マスクが手掛けている事業を例にとってみます。

Space X:

隕石衝突や核戦争や資源枯渇などにより人類滅亡リスクを低減するため、火星に100万人単位のコロニーを作る必要がある(必要性)。それを満たすためには、火星でのエネルギー・食糧・物資生産を行う必要があるが、それらを研究開発する前提条件となる火星まで人間・物資を輸送する手段が必要条件(実現性)。そして、現状は宇宙への人間・物資の輸送コストが高すぎるので、ロケット打ち上げコストを1/10以下にすることで宇宙ビジネスの収益性を上げる(採算性)。よって、SpaceXを創業し、火星まで輸送可能な大型ロケットと、打ち上げコストを下げるための再利用可能ロケットを開発する。

Tesla:

人類存続のために持続可能エネルギー社会への転換が必須だが、そのためには石油の75%以上を消費している交通手段[7]をガソリン自動車から電気自動車に変える必要がある(必要性)。それを満たすために、電気自動車の最重要部品であるリチウムイオン電池の性能改善と電気インフラ構築が必要条件(実現性)。そして、現状のリチウムイオン電池は高すぎるので、技術開発や大量生産を通じて価格を下げることで、電気自動車ビジネスの収益性を上げる(採算性)。よって、Teslaを創業し、魅力的な電気自動車を生産し、Gigafactoryにおける大量生産でリチウムイオン電池のコストを下げ、Super ChargerネットワークやSolar Cityの家庭用発電・蓄電・給電を通じて電気インフラを構築する。

The Boring Company:

都市集中と将来の自動運転車普及により悪化する都市渋滞を緩和するために、(空飛ぶ車ではなく)都市の地下に交通インフラを建設する必要がある(必要性)。それを満たすためには、トンネルの複層化・小型化・建設スピード改善や既存インフラとの互換性が必要条件(実現性)。そして、現状の掘削コストは高すぎるので(1マイル$1Billion)、それを1/10以下にすることで地下交通インフラの収益性を上げる(採算性)。よって、The Boring Companyを創業し、小型トンネルを高速に安価に掘削できる技術を開発する[8]

Neuralink:

人工知能の発展により人類が無用になるリスクを低減するために、頭脳をコンピューター接続(BMI)して人間を拡張させることが必要である(必要性)。それを満たすためには、今後あらゆる技術開発と臨床試験をするために、膨大な数のニューロンへの接続(最低100万個)、高解像度の電気信号をワイヤレスで送受信する方法、脳外科手術を伴わない移植方法の確立が必要条件(実現性)。そして、脳のコンピューター接続を安価に実現できる状況を作り、BMIビジネスの収益性を上げる(採算性)。よって、Neuralinkを創業し、基礎技術の研究開発を進め、先行的に実用化できる領域には具体的ソリューションを提供する。(2021年にはパーキンソン病患者向けの提供を目指しています[9])。

このようにイーロン・マスクが立ち上げた事業は、一見全くバラバラのようですが、その根底にある考え方や進め方には共通項が多いことが分かります。壮大なビジョンの達成に向けた勝ち筋を見極めるために、必要性、実現性・採算性を統合的に捉えた「システムレベルのデザイン思考」により、それぞれの業界進化の方向性に働きかけているようにみえます。そして、業界進化のボトルネックを解決するために事業を興し、プロダクトを世に送り出しています。このように考えると、SpaceX、Teslaといった事業ですら、業界進化に向けた駒の一つでしかなく、本当の目的はもっと大きいところにあるのだと感じます。

余談になりますが、孫正義氏が掲げるSoftbank Vision Fund(10兆円ファンド)にも近しいものを感じます[10]。情報革命を加速させ続けるためのシステムが必要だ。そのためには多数の優秀な事業家が密接に連携しながら情報革命の実現に向けて邁進する仕組みを作らなければならない。但し1つの企業が肥大化するとスピードが落ち起業家精神も発揮されないので、各企業が独立運営されながらもファンドという傘の下で同士的結合するインセンティブを作りたい、ということかもしれません。そう考えると、Softbank Vision Fundは、新たな共同体運営のシステム作りのための一つの駒なのかもしません。

***

イーロン・マスクの考え方を自分なりに分析してみて、第一原理思考やシステムレベルのデザイン思考といった、常人とは異なる物事の捉え方や考え方がありそうなことが分かりました。前者はトコトン掘り下げる考え方で、後者は複数要素の関係や影響を踏まえた全体感を掴む考え方です。この両方を上手く使い分けている印象があります。

他方、イーロン・マスクとてその素晴らしい考え方によって常に正しい道を選んできたわけではなく、実際に過去には(現在も?)間違った判断を繰り返しており、歩んできた道は苦労の連続です(過去記事参照)おそらく同じように素晴らしい思考をしながら、全く無名の人も多くいるでしょう。

しかし、いろいろ調べていて感じたのは、イーロン・マスクという人は難しいことを深く広く考え続けており、その考えの物量が圧倒的に多いことです。超ハードワークなのは知っていましたが、それは労働時間が長いというだけでなく、考えるという脳疲労が大きいことをやり続けていることに凄さがあると思いました。(この点、自分は考えているようで、実は考えられていないと反省する良い機会にもなりました。)

なので、イーロン・マスクの輝かしい実績を可能にする考え方に、世の中に溢れるハウツー本や自己啓発本のような正解を求めるのではなく、あくまでインスピレーションを感じながらも自分にとっての正解を追い求め続けることが大切なのだろう、と思います。究極的には考え方といったテクニック論ではなく、考え続けるというマインドや行動特性のほうが重要なのかもしれません。

 

Sources:

[1] http://www.emreyuasa.com/2015/05/114/

[2] https://www.youtube.com/watch?v=L-s_3b5fRd8

[3] http://www.esquire.com/news-politics/a16681/elon-musk-interview-1212/

[4] https://www.wired.com/2012/10/ff-elon-musk-qa/all/

[5] http://www.businessinsider.com/elon-musk-first-principles-2015-1

[6] https://www.ideou.com/pages/design-thinking

[7] https://flowcharts.llnl.gov/commodities/energy

[8] https://www.ted.com/talks/elon_musk_the_future_we_re_building_and_boring/transcript

[9] http://waitbutwhy.com/2017/04/neuralink.html

[10] http://www.nikkei.com/article/DGXMZO13769140X00C17A3000000/

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